前編では手術室に入るまでを書きました。
今回は、その続き――ICUで目覚めた時のことから、少しずつ思い出しながら書いていこうと思います。
※注)医療に関する内容は私個人の解釈と認識です。実際の意味合いと異なる場合がありますのでご了承ください。
(前回の記事はこちらから)
肺動脈弁置換手術を受けた日のこと<前編> - てんてこ手帖
【目を覚ました時のこと】
まぶたを開けると、機械音が聞こえてきます。
私は何でこんなところで寝ているんだろう?と、ぼんやりする意識の中、機械音と看護師さんたちの声を遠くに聞きながらぼーっとしていました。
どのくらい時間が経ったかわかりませんが、私の意識が戻っていることに気が付いた看護師さんに声をかけられました。
今がいつで、なぜここにいるのかを教えてくれます。そこでやっと、『あぁ、そうか。手術が無事に終わったんだな』と知ることができました。
【ICUでのこと】
ICUには3日ほど入っていました。
ICUは病室の区切りがなく、常に明るく、機械音が響いています。
術前に説明を受けていたので覚悟はしていたのですが、実際にその環境に身を置くと、想像以上に落ち着かないものでした。
また、PICS(集中治療後症候群)と呼ばれる心身の不調が見られることがあるそうです。
その予防として、手術の翌日からリハビリを始めること、時計やカレンダーを見える位置に置くことなどを術前に説明されていました。
とはいえ、そんなに変わりないだろうと軽く考えていましたが、これまでの治療の中で、ICUが最も「つらい」と感じた時間でした。
■動けないつらさ
一番つらかったのは、自由に動けないことです。(術後すぐに動こうとするな!と言われそうですが……。)
まず、手足を固定された状態で目を覚まします。これは抑制といって、麻酔が覚める過程で混乱し自分で勝手に点滴や管を抜かないための処置のようです。
元々じっとしているのが苦手な性分で、この固定されている状態というのが不快で仕方がありませんでした。
そして、ようやく朝を迎え抑制が解除されても、頭の上げ下げ一つとっても看護師さんに声をかける必要があります。
思う高さにならない、少ししてその体勢がつらくなる、枕の高さがどうも合わずに息苦しく感じる。
ベッドの固さも合わずに体中が痛く、"自由に動けない"ことで、気持ちをどんどんすり減らしていきました。
わざわざナースコールで呼んでお願いするのも忍びなく、本当にギリギリまで待ってお願いしていました。
自分の中ではだいぶ待ち、限界まで耐えたつもりではあったのですが、看護師さんたちの反応が「そんなことで」「また?」と思っているような感じがして申し訳なく、いたたまれなく、心苦しい気持ちになりました。
■ICU特有の環境のつらさ
24時間絶えず聞こえる機械音。看護師さんの話し声。
動けないつらさに加えて、ICUという非日常の環境がのしかかり、どんどんと不安な気持ちが積もっていきました。
特に時間がわからないことが、あとどのくらいこの状態でいればいいのか?と気持ちが沈むのに拍車をかけます。
術前の説明では、せん妄予防のために「時計やカレンダーを見える位置に置く」と聞いていました。
実際、ベッド横の机には昔ながらのアナログの目覚まし時計が置かれていました。
ところが、その目覚まし時計が――止まっていたのです。
日中はテレビをつけているので困らないのですが、消灯後はテレビを消さなくてはいけません。
そのため、夜中に時間を知る手段は、その止まった時計だけでした。
夜中に目を覚まし、時計を見ると午前一時半。
眠ろうとして目を閉じ、しばらくしてからもう一度見ると……午前一時半。
動かない時計を見た瞬間の絶望感は、言葉にできません。
翌日、我慢すべきか悩みに悩んだ末に、時計が止まっていることを看護師さんに伝え、対応してもらいました。
しかし、その日の夜もまた同じことが起きました。
なぜ電池を替えてくれなかったのか、新しい時計にしてくれなかったのか……と、思わず恨み言が浮かびました。
■体の痛み
これまでの入院は検査やカテーテルが中心で、もちろん楽ではなかったですが「つらい」と感じるほどではありませんでした。
だから今回も、どこかで「きっと大丈夫だろう」と油断していたのだと思います。
けれど、開胸手術はまったく別物でした。それはそうです、骨を切っているのですから骨折と同じ、大丈夫なはずがなかったのです。
何もしていなくてもズキズキと痛み、咳やくしゃみをしようものなら痛くて仕方ない。
レントゲンや着替えをするために身体を動かされる度に、思わず「うっ」と声が漏れてしまうほどでした。
痛みだけではなく気持ち悪さもあり、食欲もほとんどありませんでした。
口や顎も強張っていて、うまく動かせず、食べること自体もつらかったです。
それなのに「食べないのには何か理由があるんですか?」と聞かれたときは、責められているように感じてしまい、怖かったのを覚えています。
そもそも、術後で喉も痛めている人間に麻婆ナスを出すのは、どう考えてもハードルが高すぎます。一口食べてむせて、余計に傷口が痛くなりました。
体には点滴やドレーン、外付けのペースメーカーなど、いろいろなものが付いています。
どれも必要なものだとわかっていても、動くたびに引っ張られるような感があり、とにかくジャマで仕方がありませんでした。
そして、日中はどうあがいても眠くて耐えられないのに、夜になると不思議と眠れません。
痛みや不快感、機械音、いろいろなものが重なり、体も心も休まらない時間が続きました。
そんな状態でも、リハビリでは思ったより体が動きました。
「意外とできるんだ」と少しだけ安心できた瞬間です。
痛みや不安に揺れながらも、少しずつ体が動き始めたことで、ようやく出口が見えてきました。
一般病棟での時間、そして退院までのことは、次の記事にまとめようと思います。